[コラム]自宅に来たコウモリの標本を作製した(西地区 高橋裕)

■はじめに
作秋、横浜市内1種低層専用住宅地域の民家の玄関先マットの壁側にだけネズミの糞みたいな固形物が沢山散らかる様になりました。在る夜の8時頃に帰宅すると軒下からコウモリらしき小動物が飛び去りました。アブラコウモリならば鳥獣保護の対象とならない”普通種”の取り扱いですから、行政上必要な手続きを行えば学術研究や教育用に捕殺して標本にすることが出来ます。

神奈川県自然環境保全課に相談をしたところ、アブラコウモリは有害昆虫を食べてくれるからヒトに役に立つ益獣といえるが、マダニなどの寄生虫を媒介するし、エボラウイルスなどの自然中間宿主なので害獣でもある。さらに繁殖力も強く、鳥獣捕獲に際してアブラコウモリは有害鳥獣扱いで記入する様に、県庁窓口で指導されました。メールでまで添削指導を受けることが出来ました。鳥獣の捕獲等許可申請書・従事者証交付申請書(資料1)を提出して、期限付きの従事者証をもらいました。

■捕獲の方法と標本の作製
早速に、空いた牛乳パックを掃除モップの棒の先にテープで留めて捕獲器(資料2)を作りました。その夜も玄関の扉をそっと開けてチェックすると、1頭のコウモリらしき黒い物体が軒下(資料3)に留まっています。捕獲器を持って外に出て、牛乳パックの上の蓋口を全開にしてコウモリに下からあてがうと、パックに収まりゴソゴソしています。パックの中では翼手を広げられないのでしょう。手繰り寄せて、パックの蓋を少し閉じて、中へ殺虫スプレーを噴射後に蓋をかぶせ、しばらくしてから消毒用エタノールを満タンに注ぎ入れて、パックの蓋をガムテープで密封しました。一ケ月後に動物を取り出し、コウモリの翼手を広げて自然乾燥しました(資料4)。今回の標本はエチルアルコール処理で筋や腱がガリガリに固まっているので、切り開いて筋の骨とのつながり等を直接観察することは出来ません。

■分かった事
捕まえたのは市街地で普通に見られるアブラコウモリでした。その後は糞や留まっている個体が見られ無くなりましたから、今回捕獲した個体は巣を未だ作っていないオスの単独行動だったようでひと安心です。文献によれば、このコウモリは俗称・呼び名はイエコウモリで正式な和名はアブラコウモリです。昔、長崎ではイエコウモリをアブラと呼んでいたそうです。これを聞いたシーボルトが”油の昆虫”と誤って報告したことから、ヨーロッパの学会で学名がPipistellus aburamusと決まり、これが逆輸入されて和名はアブラコウモリとなったそうです。

私たちの家に住み着いて虫を食べてくれる動物だから家守 ⇒ ヤモリだとすれば、川面を飛び廻り蚊などの害虫をたくさん食べてくれるので川守 ⇒ カワモリ ⇒ コウモリと呼ぶ様になったそうです。食性と行動様式からは夜のツバメとも呼ばれ、また翼を持ったネズミと呼ばれることもあります。コウモリは超音波を出して、戻って来る音から障害物を察知したり飛んでいるエサとなる虫を捕食すると言われています。また、これを利用したコウモリを近寄せない装置が開発されています。ヨーロッパでは吸血鬼ドラキュラのイメージですが、中国では漢字の蝙蝠の蝠が福に通じることで縁起の良い動物とされています。

江戸時代に人気のあった歌舞伎役者市川団十郎の舞台衣裳にはコウモリの柄が描かれていて、これをコピーしたのが長崎カステラの福砂屋といわれています。私としては、「喜歌劇こうもり序曲のオーボエソロをもう一度演じてみたい」と若い頃を思いだしてみたりもしています。

■文献を読んで
アブラコウモリは哺乳類翼手目に分類されていて、DNA解析からはウマやイヌに近いとされていますが、未だ分からないところが多い動物群です。哺乳類で羽ばたき飛行をするのはコウモリだけです。

ほとんどの鳥類に羽ばたき飛行という移動様式がみられます。鳥類の翼もコウモリの翼手も骨が入ってます。骨は鳥類もコウモリも共通です。先端から指骨、中手骨、手根骨に、親指側が橈骨(とうこつ)で小指側は尺骨、そして上腕骨です。コウモリは尺骨の一部が橈骨にあわさっています。鳥とコウモリでは各骨の長さの比や数は異なります。骨同士が作る関節の角度を変えるのは骨に付着する筋です。筋の走行を見て、筋が骨に付着する位置は?範囲広さは?筋のままか?腱で付くのか?などの細かな観察から、その筋が関節を素早く曲げるのか?曲がり角度を維持するのか?とか、骨を回転させるのか?などの動きが推察出来るんです。

コウモリは手、上肢、肩、胸、腹、下肢、尾にかけて飛膜が張っています。昔から、ここにはPlagiopatagiales Propriiと呼ぶ細かな筋が収まるとされていて、羽ばたき飛行との関わりを述べる原著が幾つもあります。この筋は羽ばたき飛行の動作筋ではないとされています。空気圧で飛膜が延ばされた際の刺激受容器として働くとするMarshall(2015)の説が正しいと思います。私たちもまつ毛や鼻毛に同様な受容器を持っています。パソコン検索をしていてSpringer社の書籍Flight of Mammals に収まる「コウモリの前/上肢の解剖」“Forelimb Morphology of Bats”Panyutina(2015)らを見つけました。

翼/翼手を上下にバタつかせる飛翔運動では上腕骨と胸郭をつなぐ筋が主な動力源です。翼手を動かす方向で二つのグループに分けられます。上腕骨を肩甲骨(けんこうこつ)を介して肋骨や脊柱につなぐアップストローク筋群です。翼手を持ち上げるアップストロークの主動筋は烏口腕筋(うこうわんきん)で、肩甲骨の烏口突起と上腕骨を結ぶ筋です。もう一つは上腕骨を鎖骨、肋骨や胸骨につなぐダウンストローク筋群です。ダウンストローク筋群主動筋の大胸筋は前胸部にあって上腕骨の上部に縦長に付きます。その場所が中心線からずれているので筋の収縮は上腕骨を前下方向に捻じります。ちょうどバタフライ水泳の際に水をつかみ取る両腕の動きに似ています。収縮すると揚力を得ると同時に前への強い推進力を作りだします。付着位置を橈骨にまで伸ばした上腕2頭筋も同じ働きと思います。

さらに驚いたのは、肘や手首の解剖図です。小さなコウモリなのに橈骨や尺骨(しゃっこつ)に幾つものヒトと同じ名前の筋がついているのです。其々の筋はヒトとは違って直ぐに細い腱になって指の骨につながっているのです。自分で実際に見たわけではないのですが、個々の筋が個々の腱になって付着する骨を引っぱり、そこの関節を瞬時に曲げることで飛膜の面積を小さくして、揚力や推進力を瞬時に少なくすることに協調した空中飛行をもたらしているのです。これは鳥とは異なり片側だけの操作が出来るわけですから、筋の走行をみるとコウモリと鳥類の飛び方が違う訳が理屈でわかります。生き物から学んで模して機械や装置を作るのは良く聞く話です。コウモリの翼を真似て新しい飛行体ができて来るのだろうか。形態はウソつかない。細かな観察から大きな発想と展開が生まれるのです。百聞は一見に如かず。

■おしまいに
子どもたちに、野生動物との接し方で気をつける点を教えたい。アブラコウモリをペットにするのは環境衛生上好ましくない。この論文について各種のご質問やご感想を戴きたい。おもしろ科学体験塾で活用できる既存テーマや新設テーマのアイデアなどがありましたら教えて戴きたい。(2019年5月)

(資料1)鳥獣の捕獲等許可申請書

(資料2)捕獲器

(資料3)アブラコウモリの住処

(資料4)標本にしたアブラコウモリ

[コラム]自宅に来たコウモリの標本を作製した(西地区 高橋裕)” に対して1件のコメントがあります。

  1. hirose より:

    2017年8月に横浜のそごうで行われたレオナルド・ダ・ビンチ展で、ダビンチが考えた飛行機の模型が展示されていました。高橋さんが作られたコウモリの標本にそっくりでした。ダビンチも、コウモリを捕まえて研究したのではないかと思いました。
    https://www.life-maintenance.com/wp-content/themes/lifekumi/images/20170810/8.jpg

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