「なぜ?」「どうして?」と知りたがる探究心が科学の始まり(橋本 静代)

「おもしろ科学たんけん工房」設立10周年に寄せて

30年近く教鞭をとってきました東海大学を定年退職しますとすぐに、私はかねてから胸に抱いてきました“子どものための夢の科学館”を実現してみようと、退職金を投じて多摩丘陵の藪の中の1隅に1軒のささやかな家を建てました。1995年のことでした。小学生のころから、受験を頭に置いた勉強法に縛られて、のびのびとできないでいる子どもたちに、何とかして手を差しのべ、彼らの眼に輝きを取り戻させたいというのが、私の子育て以来の念願でありました。定年を迎えても まだエネルギーのある間は、不登校に悩む子どもやその親たちのために社会奉仕をしたいと思って、やむにやまれぬ気持ちで始めましたのが、「発見工房クリエイト」の取り組みでした。

子どもは不思議な物事を見つけたとき、「なぜ?」「どうして?」と知りたがります。その探究心が科学の始まりなのですから、考えることの好きな子どもには、自分の力で心ゆくまで考えさせ、彼ら自身の力で答えを見つける喜びを体験させて、科学のおもしろさの虜(とりこ)になってほしいと思いました。そのためには、科学の基礎的な原理に基づく不思議な現象を、彼ら自身の体を通して体験できるよう工夫した独自の発想の科学遊具と、その不思議の原理を解明してゆく上で手助けになる装置を備えることが必要です。いくつものNPO支援の助成金に応募して、川崎市の西端に位置する麻生区黒川にこのような科学館を設立し、時間をかけて少しづつ整備してゆく計画でした。またそれと併せて、子どもたち一人ひとりの創意工夫を尊重する科学実験工作教室を開催しました。

当初は、受験対策一色に塗られた世間の学習塾風潮の中で、受験には無関係な実験だけを行う科学塾に、来てくれる受講生が果たしてあるのか不安でしたが、一人でも希望者があれば始めようという意気込みで、募集を開始しました。するとそれが新聞にとりあげられ、募集開始と同時に定員の2倍を超す応募者があり、大いに励まされました。1999年より日本でもNPO法人が認可されると聞き、申請を勧められましたが、なにぶん私どもは理系の人間ばかりの集まりでしたので戸惑っておりましたところ、そのころ発足した東京大学同窓会(神奈川銀杏会)で、初めてお目にかかりました安田光一様がお声を掛けてくださり、発見工房クリエイトに協力してくださるとの、大変ありがたいお言葉をいただきました。

藁をもつかむ気持ちで、NPO法人設立の申請に関する大変面倒な書類の作成、申請等をすべてお願いして引き受けていただき、「発見工房クリエイト」はその年の9月にNPO法人の認証を受けることができたのでございます。安田様との出会いなくしては、その後の川崎市行政との協働事業『かわさき科学塾』等の展開もなかったことと、深く感謝しております。それからまもなくして、一時は立ち消えになるかと危ぶまれたこども科学実験教室の受講希望者が急増して、2001年に入ると、個人の家のスペースではとても対応できなくなりました。

当時は、公共の文化センター等の施設では、実験教室を開くと言っただけで、危険ではないか?部屋を汚すのではないか?等の理由で、借りることができませんでしたので、教室の確保にはみな苦労していました。また、実験指導は、高校や中学の心ある熱心な教師の方々が休日に奉仕しくださっていましたが、学校の仕事も大変忙しいので限界がありました。丁度その頃、神奈川県が1,000万円規模の予算で、行政との協働事業の企画提案をNPO法人に呼びかけ、企画募集をしていることを知りましたので、急遽次のような企画を進言して、応募書類を作成しました。科学技術創造立国を目指す日本の、次世代の担い手養成の急務として、理科離れが指摘される子どもたちに科学の面白さを知らせ、小・中学生を理科大好きにする取り組みを推進することが必要である。

そのための具体的方法として、

1)手近な材料で、科学的には深い意味のある面白いテーマの『子ども科学実験教室』を子どもが自分の足で行かれる距離に多数普及させること。
2)その実験指導を行う指導員は、一般市民の科学の好きな有志を対象に、短期の研修を経て養成する。

という内容でありました。この企画提案は、神奈川県としては通りませんでしたが、そのあと、川崎市の総合企画局で取り上げられ、意見交換の後、経済局・教育委員会・NPO法人発見工房クリエイトの協働事業として、2002年度より6~7年の間継続して実施されました。1回の研修が終わると、その同期の修了生が一丸となり団体を立ち上げ、以後継続して地域の子どもたちの実験教室の指導に当たっておられる団体がいくつか誕生してしていますことは、大変嬉しく思っております。

おもしろ科学たんけん工房の安田光一様が、この研修を受けに来てくださいましたのは確か第1回目のときだったと記憶いたしますが、おいでいただきとても嬉しく思いました。あれからはや10年でございますが、みなさまの献身的なご努力が実り、近年はこども科学実験教室の認知度はかなり高くなっているように見受けられますが、おもしろ科学たんけん工房10周年記念誌の発行を楽しみにしております。(NPO法人発見工房クリエイト前理事長 橋本 静代)