社会が科学の心を持つこと(武田 邦彦)

おもしろ科学たんけん工房10周年に際して

2011年の福島第一原発事故の原因の一つに「日本人の科学の心の欠陥」があった。フランスでは、1)原発は安全か、2)安全なら実施する、3)電力消費地の近くに建設して送電ロスを減らす、という順序に論理を展開して実施する。パリを流れるセーヌ川の上流に2基の原発があるのをフランスでは認められる。

ところが、日本では、1)原発は安全と言うことにしておく、2)でも危険だから消費地から遠く離れた僻地に建設する、3)さらに危険手当を出す、という矛盾した論理で原発を進めた。東京の電気を遠く柏崎、福島に作るようでは原発は科学的には安全と言えないのだ。

巨大科学が成功するためには社会の多くの人が「科学の心」を持っていなければならず、それは「魔女狩り」が行われていた頃の社会とは正反対でもある。1970年代に高度成長期を迎えた日本はしばらく古い因習から抜け出し、科学の心をもった社会に変わろうとしていたが、1990年から突如起こった「環境問題」をきっかけにして反動の時代に入ったように思う。日本の環境は素晴らしいのに「環境が悪い」といい、エントロピーの原理に反するリサイクル、人間に対する毒性のデータが無い段階で猛毒とされたダイオキシン、そして極めつけは地球温暖化騒動が起こった。

「温暖化すると南極の氷が融ける」と言っている人に「なぜ、とけるのですか?」と質問すると「温度が上がれば氷は融ける」という驚くべき答えが返ってきた。氷は0℃を境に凍ったり融けたりするものであり、温度の上昇・下降とは直接、関係がない。南極の氷はマイナス40℃だから5℃程度あがっても融解は起こらない。

世界で日本だけが京都議定書が締結された1997年を基準としてCO2削減を実施している。実に奇妙なことだ。200年ほど前に本格的に始まった「科学の時代」が今後、健全な発展を遂げるためには、社会が科学の心を持つことであり、日本では「おもしろ科学たんけん工房」のような活動が社会全体に拡がることが望まれる。

その点で安田光一さんが10年前に社会に先駆けて活動を開始され、困難を乗り越えて10年を迎えられたことに敬意を表するものである。(中部大学教授 武田 邦彦)