親子が一緒になって「体験」を通して学ぶ楽しさを発見する(安田光一)

おもしろ科学たんけん工房創立前夜(代表理事 安田光一)

1.科学技術離れ、理科離れを心配
・・・・・近代科学の進歩が科学離れを生み出す・・・・・

現代の私たちは、とても高度な科学・技 術の成果である「事物」や人工的な「環境」に囲まれて生活しています。人類の歴史は 火と道具の使用とともに始まったともいえるのですが、たかだか最近二百年の間に、近代科学の進歩は目覚しく、科学の応用である技術の深化は、私たちの生活のあり方をすっかり変えてしまいました。

しかしながら、その事がかえって人々の 科学離れを生み出しています。まして子ども達をとり囲む環境は、理科離れを促進するばかりで、自然と触れ合う機会や環境から切り離され、身の回りには、高度な科 学・技術の蓄積から生まれた自動車、音響機器、映像機器、情報機器があふれてはいるものの、ブラックボックス化し、観察したり、実験したり、手作りで工作したり、自らの五感を駆使して、体験する場を子どもたちから奪うばかりです。

このままでは、将来日本の科学・技術を 担うべき子どもたちの「科学する心」を育てられなくなってしまうのではないか?また、小学校で理科を担当することが苦手な教員がますます増えつつあり、学校の授業の中で、理科実験を十分体験させることが、極めて困難になってきています。そんな心配をする人たちが、危機意識を 感じて、子どものための科学体験教室を、ボランティア活動として進める動きが、1990 年代に日本中で始まりました。もともと技術系ではないが、ソニー(株) が「東京通信工業株式会社」という時代に、 ソニーに入って、製造部門の管理者や、関 連会社のものづくりの現場を体験した小 生も、子ども達の「理科離れ」を本気で心 配する1人でありました。

2.「発見工房クリエイト」
・・・・・橋本静代理事長との出会い・・・・・

ソニー株式会社から、湘北短期大学の事務局長を経て退職し、第2の人生の生き方を模索しているころ、偶然、神奈川銀杏会の懇親会で橋本静代先輩と出会ったことが、私の行くべき道を決めることになりました。 橋本静代博士は、原子力物理学系の研究者で、東海大学で教鞭をとっておられたのですが、退職後、退職金をつぎ込んで私設のミニこども科学館を建設し、その施設を 使って、「おもしろ実験教室」を開いておら れました。学校教育だけに任せておいては 良い科学者は育たないという認識に立って、 「子どもの頃から、科学の楽しさに興味を 持ち、自ら問題を発見し、自分の頭で考え ることのできる創造的な子どもたちを育て たい」という志から始められたのでした。そして、その志を実現する力を、既成の行 政や学校に頼るのではなく、市民活動とし て推進する。市民のボランティア活動として進めるというものでした。

その名は「発見工房クリエイト」。 狙いは、クリエイティブな、科学者の卵を育てようというところにありました。そしてこの施設を使って、おもしろ実験教室 を推進したのは、「子どもに受ける科学手品 77」を出版された後藤道夫先生でした。私は、橋本先生のこの「ミニ科学館とお もしろ実験教室」の理念に共鳴し、その運 営のお手伝いを1998年から始めました。 折から、NPO法が施行されたばかりのこ とで、私は、「発見工房クリエイト」を 任意団体からNPO法人に衣替えするお手伝いをしたのです。さらに私は、かって属していた会社の社会貢献室に、この発見工房クリエイトに対する寄付をお願いしました。 本当にありがたいことに、1999 年度から 2001 年度にわたり、ソニーから発見工房クリエイトへの寄付が実現しました。

しかし、私の住まいから、発見工房クリエイトがある、川崎市麻生区黒川までは、2時間近くもかかりましたので、できれば自分の住まいの近くで、「おもしろ実験・工 作教室」を開催したいと考えるようになりました。

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発見工房クリエイトの目的は、基礎科学に基づく興味深い現象を、遊びを通して子ども達に先ず体験させ、彼らがこれまで知らなかった不思議なことがらが起こるのを見て「なぜなのだろう?」と自分で考え始めたときに、それを探求へと誘導して創造的思考力を育成しようとするものです。 (発見工房クリエイトのホームページより) 詳細は http://www.infopia.net/create/
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3.「おもしろ科学・たんけん工房を創る会」発足まで
・・・・・ 友人縁者を通じて人集めと組織化の準備・・・・・

2001 年の春、まず声を掛けたのが、高校の同期生でもあった相川正光さんです。もし、この友人が「おもしろそうだ、やって みよう」といってくれなかったら、私の夢はつぶれていたと思います。その次は、設立当初、理事を引き受けてくださる方として、まずお願いしたのが、私の最終職場であった湘北短期大学の当事の学長山田敏之さんです。 山田学長には、ご自身の理事引き受けのみならず、大先輩の菊池誠先 生にお願いし、ご協力のお願いまでして頂いたのです。こうして菊池先生とは、6月に品川のホテルのロビーでお会いして、快 く理事を引き受けていただきました。その 後、先生とは 10 回以上もFAXのやり取りを重ねたと思います。9 月 2 日の「創る会」 立ち上げの会合には、わざわざ藤沢まで足を運んで下さいました。

他方、友人の相川さんからは、高校の部活の先輩である郷さんに声を掛け、郷さんからは、元同じ職場だった柴田さんを誘ってくれました。こうして、わが兄弟、友人・縁者を手繰って、なりふり構わずに人集めをして、よ うやく2009 年 9 月 2 日に、設立準備会を開くことができました。そのときの発起人名 簿(=正会員予定者)に名前を連ねたのは18 人。その中で法人化する場合の役員候補 者が、監事1名を含み 10 名でした。役員候 補の中には、安田の自宅の隣人で、当時芝浦工業大学の教授だった武田邦彦さんにも加わって頂きました。

この準備会で、すでにNPO法人設立申請を予定し、申請に必要な会則・定款、設立趣旨書の草案、当面の事業計画と予算案、 2002 年度、2003 年度の事業計画概要、同予算など、組織化と組織運営の構想も決めました。また、この活動の賛同者が一堂に集まって、情報を共有することができないので、 電子メールと、FAXを使った、連絡手段 「たんけん通信 メール版」を随時発行して、情報共有化に務めました。 2001年9 月初旬に第1号を発行し、法人設立後の、 2002 年 8月10日発行の第28号まで1年間に亘って、発行しました。この電子メールという便利な手段がなかったら、バラバラに住んでいる人たちとの間で情報を共有化 することは到底できなったと思います。

ところで、一番重要な実務関係の仕事で ある「会計」をやってくれる人を探しました。 これも、個人的な縁を頼るしかないので、 私の旧知の女性にようやくお願いでき、ほっとしたのですが、2002年の春先だったと思いますが、体調を崩したとの事で、キャンセルになってしまいました。私は、本当に頭を抱えてしまいました。

4.トライアルの科学塾実施と、湘南台科学お楽しみひろばへの出展など
・・・・・科学体験塾の実施場所探しが難題・・・・・

他方、相川さん、郷さん、柴田さんたちは、NPO法人が設立された後に本格化する「科学体験塾の「トライアル」を計画して、“「ふしぎ発見」親子塾”を、湘南台公民館で 2001年11月23日(祝)午前に開催しました。テーマは「モーターはどうし て回るの?」(実験)「モーターを作って 遊ぼう」。主任は相川、申込受付は柴田 という担当でした。しかし、法人設立後に、科学体験塾を開 催する場所の確保については、全くあてが ありませんでした。そんな中、設立当初の理事候補になって頂いた宮地俊作さんを通じて、当時湘南台高校の教諭だった山本明利先生が推進した「湘南台科学お楽しみひろば」への出展のお誘いがあり、この「モーターの実験と工作」というテーマで出展しました。これが、幸運でした。後に湘南 台高校を恒常的な科学塾の会場として使えることになる、大切なきっかけとなりました。2002年4月以降、湘南台高校は、恒常的な会場になりました。

他方、横浜市内での場所探しは、主として安田が担当しましたが、これまた難題でした。しかし、またとない幸運に恵まれました。 当時、「横浜女性フォーラム」と呼ばれていた、男女共同参画を推進する横浜市の外郭団体の施設が、戸塚駅の近くにありました。この施設には、「生活工房」という名称のフロアーがあって、調理室と工芸室がつながって、最大50人位入れるオープンスペースがあります。水も火も使えるこんな 場所は、他にはありません。私は、このスペースこそ、実験工作教室開催に最適だと考え、このすペース借用を交渉しました。 その結果、「このスペースの一般的な団体貸し出し」はできないが、横浜女性フォー ラムが実施する市民活動助成プログラムに応募して、選考に合格すれば、年間計画で、 女性フォーラムの「生活工房」と「セミナールーム」を確保できるとの事で、早速申し込みました。 まだNPO法人としての認証がおりてないタイミングでしたが、当時の窓口担当の下山さんや事業課長の岩船さんのご理解があってこそ実現したことで、本当に感謝しています。結果は選考に合格し、2002 年 7 月 から、この「女性フォーラム」で開催するメドが立ちました。

5.学校を通じての科学塾参加児童募集の実現
・・・・・これがキーポイント・・・・・

実施する主体としての人材が何とか集まり、場所も何とか2箇所確保の見通しが付いたものの、次の最大の課題は、学校を通じての、科学体験塾のお知らせと、児童の募集でした。 この詳細は、<草創期のメンバーによる座 談会>にも、描かれているので、省略しますが、科学塾開催場所の周辺の小学校約1 0校に、科学塾開催案内のチラシを持参し、 校長先生のご了解の下に、4年生以上の児童全員にチラシを配布していただくという活動が可能になってようやく、私たちのおもしろ科学体験塾活動を軌道に乗せること ができたのでした。
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たんけん通信(メール版)No22(2002.4.2)の記述を抄録。
[3]4 月 20 日の湘南台プロジェクト
小学校 14 校、中学校8校に手紙で案内、うち小学校7校、中学校3校には、安田が訪問して校長先生あるいは教頭先生にお会いして、チラシの配布につきお願いしました。
学校によっては年度内に配布できないというところや、配布については否定的なところもありましたが、大方は、とても良い試みだ、協力しましょうと言ってくれました。 4 月 1 日現在FAXで12名はがきで5 名の申込が来ております。
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6.NPO法人設立へ幸運の連続
・・・・・会計担当が参加してくれて目標どおりスタート・・・・・

前述したように、NPO法人を運営して ゆく上で、決定的に重要なのが、会計事務をしっかり処理できることであり、そのための会計担当者がいる事ですが、やっと見つけた女性が、体調を崩して、2002年3 月になって断りが来てしまい、頭を抱えてい たところ、ほぼ同じ頃、私の高校の同期会でたまたま隣り合わせた、宮治資雄さんが、 手伝ってやっても良いよといってくれたときには、私は天にも昇る気持ちでした。どうしてこんなに幸運が続いてくれるのか? ふしぎな気持ちを抱いたことを今でもはっきり覚えています。 かくて、目標にしていた、NPO法人設立申請に対する認証も、3月29日におり、2002年4月 1 日をもって、「認定NPO法人おもしろ科学たんけん工房」は、 目標どおり出帆することができました。 この法人設立に当たって所管官庁に提出した書類の中で、「設立趣旨書」は、おもしろ科学たんけん工房の、もっとも基本的な理念を表した文書なので、この記念誌には ぜひ記録しておきたいと思います。 以下の通りです。

認定NPO法人 おもしろ科学たんけん工房設立趣旨書

[Ⅰ]創造性を育てる教育への取組み=学習意欲を育て、理科の好きな子どもを育てるために!=
子どもたちの学習意欲の低下や、特に理科離れが一層広がりつつあることなどが、心配されています。この原因の一つである学校教育という制度の中での、改善が必要である事はいうまでもありませんが、その解決の方向の一つに、課外の学習の場作り、「体験を通じて、科学の面白さに触れる」「遊びを通じて、かつ感動を通じて、学ぶことの楽しさに触れる」ことができるような、地域での「理科教育の場づくり」があります。

これは、既に様々な人達によって、全国的に、様々な形で試みられています。
川崎市は「ワクワクドキドキ玉手箱」という形で、おもしろ科学実験教育を市の施策として普及する方針を打ち出しました。また全国に数多く作られた「子ども科学館」等でも似た試みが行われて居り、更に個人レベルでも、あるいは民間ボランティアグループでも「体験学習の場作り」は、各所で行われています。しかし、それらはなお、個々の点の集合にとどまっています。このような試みをもっと広げること、点から線へ、線から面へ、個人活動から地域活動へと普及することが、今こそ必要ではないでしょうか?

[Ⅱ]地域(*)の教育力を強める取組み=市民活動としての学習の場作り=
そのためにはボランティア市民活動による推進がどうしても必要でしょう。個人の善意や、学校の制度だけに任せておけば良いというものではありません。学校と、それを取り巻く地域の人達の積極的な関わりの中で実現してゆく必 要があるのです。私たちはそのための活動主体として認定NPO法人おもしろ科学たんけん工房を設立します。私たちの夢は、こうした「地域の教育力」を強める取組みの一環を担い、「体験学習の場づくり」を地域の市民活動として実現・普及しようということです。
*活動地域=当面は主として横浜南部~湘南地域で実現を図ります。

[Ⅲ]親子共々「体験」を通して学ぶ楽しさを発見する=子は親の背中を見て育つ=
「おもしろ科学たんけん工房」は、その活動の中で、お父さん·お母さんにも参加して貰い、子供たちと一緒に、発見する喜びや学ぶ楽しさを味わい、共に「理科嫌い」を無くしてゆくようにすることを目指します。基本的なプログラムは、小学校4年生~中学校2年生ならびにその父母等を主対象にして
1)おもしろ科学実験:いわゆるサイエンスショウのような、やって見せるだけの実験ではなく参加者自身が体験することを主眼においた実験です。(物理学系、化学系、生物学系中心)
2)野外自然観察・探検:海岸や山林などに出かけて、自然に触れる体験の中での観察や探求。(地学系、生物学系中心)
3)手作り体験:様々な「素材」を使った工作など、創る喜びの体験。

その他、博物館·天文台などの見学を通して、考古学、天文学などに触れる機会も作ります。
また、学校教育との関連では、あくまで学校教育を補完するものであり、状況によっては<総合学習>の一翼を担うことや、部活動、クラブ活動などの支援をすることも事業の一環として、視野に入れています。そのためにも、地域の市民に支えられた活動として推進します。
☆土曜日、日曜日を主な活動時間として考えています。

[Ⅳ]理科教育学習支援ボランティアのネットワーク作りも事業の一環に
==類似の団体·個人事業との連携、自治体や学校等との協働を目指す==
認定NPO法人おもしろ科学たんけん工房は、こうした事業を自分のところだけでやるのではなく類似の活動を行っている個人や団体との協働や連携を行うことは当然の事と考えています。それにとどまらず、更に、理科教育にかかわる学習支援ボランティアの発掘・養成も事業として行い、ボランティアネットワークを作ることも大切と考えます。
また、本法人は、あくまで自立した市民活動団体として設立し、国や自治体や特定の学校・企業からは独立した存在ですが、目的に合致する限り、行政や、学校、企業等とも協働事業を行い、あるいは支援を求めてできるだけ広く、深く子どもたちの体験学習の場ができることを目指します。

以上

2001年12月15日

法人の名称 認定NPO法人 おもしろ科学たんけん工房
設立代表者 安田光一